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東京地方裁判所 平成6年(ワ)2545号 判決 1994年10月26日

主文

一  被告は原告に対し、金六一六万八八一九円及びうち金五八八万円に対する平成五年一〇月一日から支払済みまで日歩四銭の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

理由

第一  原告の請求

主文と同旨

第二  事案の概要

一  判断の基礎となる事実

1  原告はリース業を営む会社であり、平成三年三月一三日、株式会社甲野(当時の会社名・株式会社甲田。以下「訴外会社」という。)との間で次の約定によるリース契約(以下「本件リース契約」という。)を締結した。

(一) リース物件 パソコン(リコーMrマイツール{6}/20)二台、ワープロ(リポートスター)一台

(二) リース期間 平成三年三月一三日から平成八年三月一二日まで

(三) リース料 月額一二万三六〇〇円(毎月二七日払い)

(四) 遅延損害金 日歩四銭

(五) 期限の利益の喪失 訴外会社がリース料の支払を一回でも遅滞したときは、原告は通知、催告をしないで残存期間のリース料全額の請求をすることができる。

2  被告は訴外会社の取締役であり、本件リース契約の契約書(以下「本件契約書」という。)の連帯保証人欄には、被告名義の署名押印がされている。

3  訴外会社は平成四年二月二七日支払予定のリース料の支払を怠り、期限の利益を喪失した。その後、原告は訴外会社に対し、平成五年九月末日限り、リース料残額合計五八八万円及び同日までの遅延損害金二八万八八一九円の総額六一六万八八一九円を支払うよう催告したが、訴外会社はその支払をしないまま現在に至つている。

4  そこで、原告は、連帯保証人としての被告に対し、右未払リース料及び遅延損害金の支払を求めて本件訴訟を提起した。(以上の事実は、当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨によつて認めることができる。)

二  争点

本件契約書の連帯保証人欄の被告名義の署名押印が被告の意思に基づくものかどうか。

三  争点に関する当事者双方の主張

1  原告の主張

(一) 本件契約書の連帯保証人欄の被告名義の署名押印は、被告自身によつてされたものである。被告は、本件訴訟提起前の原告との間の文書のやり取りの中で、定規を用いて記載したような不自然な署名をしていること、被告の平成五年一〇月七日付けのファクシミリ送信書の発信者欄中にある「戸田」との記載は、本件契約書の被告の署名と酷似していること、右ファクシミリ送信書が送信されてきた当時、原告は被告の話を聞くことを主眼としており、そのために被告が油断して本来の筆跡で署名したと思われること等の事実に照らせば、本件契約書の連帯保証人欄の被告の署名押印は、その後の被告の偽装工作にもかかわらず、被告自身によつてなされたものと推認される。

(二) 仮に右署名押印が被告自身によつてなされたものではないとしても、被告と訴外会社との関係、原告と訴外会社及び被告との本件訴訟提起前の折衝の状況から見て、被告は本件リース契約上の訴外会社の債務につき、原告に対し連帯保証をすることを承諾していたものと認められる。

2  被告の主張

(一) 本件契約書中の被告名義の署名押印は、訴外会社の当時の専務取締役であつた乙山夏子が被告の承諾を得ないでしたものである。

(二) 被告は、平成五年八月一五日ころ原告から手紙を受け取つて初めて、本件リース契約及び原告について知つたものであり、被告が本件リース契約につき連帯保証することを承諾したことはない。

第三  争点に対する判断

一  被告、乙山春夫及び乙山夏子の関係

《証拠略》によれば、被告、乙山春夫及び乙山夏子の関係は次のとおりである。

乙山春夫は、昭和六三年一〇月一八日、広告宣伝の企画・制作等を目的とする訴外会社を設立し、その代表取締役となつた。右会社の設立に際し、乙山春夫は被告に事業への出資と協力を求め、その賛同を得て、被告に訴外会社の取締役に就任してもらうとともに、一〇〇万円の出資を受け、さらに平成元年から平成三年まで毎年一五〇万円前後、合計約五〇〇万円の営業資金の貸付を受け、訴外会社が中央信用金庫から八四〇万円の貸付を受けた際にも連帯保証人となつてもらい、訴外会社が使う複写機についても被告が契約者となつてオリックス株式会社からリースを受けるなどの協力を得てきた。また、被告は、訴外会社の発行株式総数七四〇株のうち、二〇〇株を所有する株主である。乙山春夫が被告から右出資、貸付、保証等について協力を得るについては、いずれも乙山春夫と被告が直接連絡を取り合つて協議し、合意が成立している。

乙山夏子は乙山春夫の妻であり、訴外会社の専務取締役の地位にあり、乙山春夫を補佐していたが、平成三年当時は妊娠して体調がすぐれず、会社の経営については、乙山春夫の指示により補助的に関与する状況にあつた。その後、平成五年に乙山夏子から乙山春夫に対し、離婚請求訴訟が提起されており、乙山夏子は訴外会社の取締役の地位も退いている。

二  争点に係る事実の解明の経過及び明らかになつた事実

1  本件契約書(甲第一号証)中の連帯保証人欄の「戸田」の署名は、「ノ」の部分が右に湾曲する特徴のある筆跡であり、一方、被告が原告代理人にあててファクシミリで発信した文書であることに争いのない甲第四号証(FAX送付書)の発信者欄の「戸田」の署名は、「戸」の文字の「ノ」の部分が右に湾曲する特徴を有し、「コ」の部分及び「田」の文字の筆跡も、右連帯保証人欄の「戸田」の署名と酷似している。

しかし、被告は、本件契約書中の連帯保証人欄の被告名義の署名が自己のものではなく、訴外会社の当時の専務取締役であつた乙山夏子の手によるものである旨強く主張し、その事実を証するために、乙山夏子の夫である乙山春夫を同行し、その証人尋問を申請した。

そこで、当裁判所はこれを採用し、平成六年四月二七日、同証人の尋問を実施したところ、同証人は、妻である乙山夏子が同証人の面前で、本件契約書に被告名義の署名をし、被告名義の三文判を押した旨証言した。さらに、同証人は、現在、乙山夏子と別居して離婚訴訟中であり、乙山夏子は同証人に住所を隠しているので、同証人は乙山夏子の住所を知らない旨述べた。

2  ところで、本件訴訟に先立ち、東芝クレジット株式会社が被告に対し、本件と類似のリース料についての連帯保証債務の履行を求める訴訟を提起しており(請求額二五三万三八〇〇円、当庁平成五年(ワ)第九〇七五号事件)、被告は、その訴訟においても、本件と同様の主張をして連帯保証債務の存在を争い、乙山春夫はこの訴訟においても同様の証言をした。この訴訟については、平成六年五月二五日、第一審判決が言い渡されたが、その判決では、被告の弁解を認め、リース契約の契約書の連帯保証人欄に被告名義の署名押印をしたのは乙山夏子であるとの認定がされた(ただし、被告には連帯保証をする意思があつたとして、請求自体は認容された。)。

3  しかし、当裁判所では、当庁の他の部における右判決及び乙山春夫の証言があるとしても、前記甲第一号証と甲第四号証の署名の類似性及び被告が当裁判所に提出する書面の被告の署名が活字のような不自然な字体であることから、本件契約書の被告名義の署名が被告自身によつてなされた疑いが払拭されないので、さらに事実の解明を進めることとした。

4  証人乙山春夫の証言によれば、同人と乙山夏子の離婚訴訟が係属しているとのことであつたので、当裁判所では、書記官を通じて当庁の事件簿を調査し、当庁平成五年(タ)第四一五号離婚請求事件の存在することを探知し、本件訴訟の当事者に対し、右離婚訴訟における乙山夏子の訴訟代理人の氏名を開示した。これに基づいて原告代理人が乙山夏子の代理人と接触したところ、乙山夏子と連絡を取ることができ、平成六年六月二二日、第四回口頭弁論の場に乙山夏子が予告なく出頭したので、直ちに同人を原告申請の証人として尋問することとした。

証人乙山夏子は、本件契約書の連帯保証人欄の被告名義の署名をしたことはない旨及び被告名義の印を押したこともない旨証言し、筆跡の対照のため、被告の住所氏名等を手記したので、調書末尾に添付することとした。

乙山夏子の手記した被告の住所氏名の筆跡は、本件契約書の連帯保証人欄に記載された被告の住所氏名の筆跡とは異なるものであつた。特に、「市」「港」「区」「号」「戸」等の文字のいずれについても、乙山夏子の筆跡は角張つた筆の運びが見られるのに対し、本件契約書の連帯保証人欄の文字は丸みを帯びたものとなつており、また、「戸」の「ノ」の部分に見られる右に湾曲する特徴は、乙山夏子の筆跡には全く認められなかつた。さらに、乙山夏子が当日記載した出廷者カードの文字も角張つた特徴を有していた。

この証人乙山夏子の尋問により、証人乙山春夫の証言の信用性には、重大な疑問が生ずることとなつた。

5  ところで、前記のとおり、当裁判所に提出される文書に記載された被告の署名は、いずれも活字のような不自然なものばかりであり、被告がその筆跡を知られないために工作をしている疑いが濃厚であつたので、当裁判所では、毎回の口頭弁論期日の出頭カード、当裁判所あての上申書その他の被告が手記した書面をすべて記録に綴つて保存することにしておいたが、それらを総合すると、次の事実が明らかになつた。

(一) 平成六年三月三〇日の第一回口頭弁論期日及び同年四月二七日の第二回口頭弁論期日の出頭カードにおける被告の署名のうちの「戸」の文字の「コ」の部分は、本件契約書の連帯保証人欄の署名と同じ筆の運びとなつている。

(二) 平成六年四月二七日の第二回口頭弁論期日の出廷者カードにおける被告の住所の記載のうち、「市」「目」「号」の文字は、本件契約書の連帯保証人欄の文字の筆跡と酷似している。

(三) 平成六年五月一八日付けの当裁判所あて上申書における被告の肩書住所地の「市」「港」「大」「保」の文字は、いずれも丸みを帯び、本件契約書の連帯保証人欄の文字の筆跡と酷似している。また、右上申書中の被告の署名部分のうちの「戸」の文字は、「ノ」の部分がやや右に湾曲した特徴を有すると思われる当初の鉛筆書の記載を消しゴムで消して、活字風の文字に書き直している。

(四) 平成六年六月一日の第三回口頭弁論期日に原告から提出された甲第七号証の一の書証写しに記載された被告の写し受領の署名中の「戸」の文字の「ノ」の部分は、本件契約書の連帯保証人欄の署名と同じく右に湾曲する傾向が表れており、同文字の「コ」の部分も、右連帯保証人欄の署名の筆の運びと同じである。

(五) 平成六年六月二二日の第四回口頭弁論期日の出頭カードにおける被告の署名のうちの「戸」の文字の「ノ」の部分は、本件契約書の連帯保証人欄の署名と同じく右に湾曲する特徴を有している。この出頭カードへの署名は、その他の被告の署名に見られる活字風の特徴が少なく、被告が不用意に記載したものと推認される。

(六) 平成六年七月二〇日の第五回口頭弁論期日に陳述された被告作成の書面(同月二〇日付け書面)中の被告の筆跡のうち、「惑」「態」「恐」「思」「感」「認」の文字の「心」の部分は、いずれも本件契約書の連帯保証人欄の被告の署名中の「忠」の「心」の部分と酷似している。一方、被告が当裁判所に提出した書面に記載された被告の署名中の「忠」の「心」の部分は、これとは全く異なつた活字風の筆の運びであり、同一人が書いたものとは思えないほど異なつており、被告の作為が強く感じられる。

なお、証人乙山春夫が乙山夏子の筆跡であるとして提出した書面(同証人の証言調書に添付)の一枚目の「認」「心」の文字、二枚目の「心」の文字、五枚目の「意」の文字のそれぞれの「心」の部分の筆跡は、本件契約書の連帯保証人欄の被告の署名中の「忠」の「心」の部分とは全く異なつている。

(七) 平成六年七月二七日の第五回口頭弁論期日に原告から提出された甲第八号証の書証写しに記載された被告の写し受領の署名中の「戸」の文字も、右(四)と同じ傾向が表れており、右署名中の「田」の文字も、本件契約書の連帯保証人欄の署名の筆の運びと同じである。

(八) 平成六年七月二〇日付け「本田書記官様」と題する被告の当裁判所書記官あて上申書における被告の住所の記載のうち、「市」「港」「大」「保」「号」の文字の筆跡は、本件契約書の連帯保証人欄の文字の筆跡と酷似している。この文書も、書記官あての証拠書類の送状であるために、被告の筆跡を不用意に表すことになつたものと推認される。

(九) 平成六年一〇月五日の第六回口頭弁論期日の出廷者カードにおける被告の氏名の記載のうち、「戸」の文字の「ノ」の部分には、本件契約書の連帯保証人欄の署名と同様の、右に湾曲しようとする傾向が見て取れる。「戸」の文字の「コ」の部分も、本件契約書の連帯保証人欄の署名の筆の運びと同じである。また、右出廷者カードの被告の住所の記載のうち、「市」「大」「号」の文字の筆跡は、本件契約書の連帯保証人欄の文字の筆跡と酷似している。

(一〇) 東芝クレジット株式会社と被告の間の訴訟において提出されたリース契約書は、書証として提出された写しが不鮮明であるため、筆跡の判定に困難を伴うが、連帯保証人欄の被告名義の住所氏名等のうち、「戸田忠一」の署名部分の筆跡は、本件契約書の連帯保証人欄の「戸田忠一」の署名ないし甲第四号証の「戸田」の署名と共通する特徴があり、特に、「戸」の文字の「ノ」の部分に特徴的な一致点があり、また、「忠」の文字の「心」の部分にも共通すると見られる特徴があり、同一の筆跡である可能性が高い。別件の訴訟の第一審判決では、乙山夏子の所在が把握できなかつたため、これを乙山夏子の筆跡と認定しているが、乙山夏子の証人尋問調書末尾に添付した同人の筆跡と対比すると、これが乙山夏子の筆跡であるとは認めがたい。

なお、右契約書の連帯保証人欄の被告の住所及び振りがなについては、写しが鮮明でないので明らかではないが、「横」の「木」、「保」の「イ」及びひらがなの筆跡から見て、乙山夏子が代筆した可能性がある。右契約書の連帯保証人欄には、被告名義の署名の末尾に指印が押捺してあり、これが誰のものであるかが分かれば、事実関係はさらに明らかになる。

6  以上の事実を総合すると、本件契約書の連帯保証人欄の被告名義の署名は被告自身によつてなされたものであると認めるのが相当である。

三  乙山春夫の証言の再検討

1  以上の検討結果によれば、本件契約書の連帯保証人欄の被告名義の署名は被告自身によつてなされたものであるにもかかわらず、乙山春夫は、妻である乙山夏子が乙山春夫の面前で署名した旨証言したことになる。

当裁判所としては、人には記憶違いということもありうるので、第六回口頭弁論期日に、被告とともに出廷していた乙山春夫を再度証人として尋問し、記憶違いがないかどうかを確かめたが、同人は、従来の証言に誤りがないと繰り返すのみであつた。

乙山春夫は、乙山夏子の筆跡を示す文書として、乙第一号証のメモを被告に交付し、被告が第二回口頭弁論期日にこれを証拠として当裁判所に提出したのであるが、このメモには、「2」「3」の数字以外には、本件契約書の連帯保証人欄に記載された文字と同一の文字はない。乙山春夫と乙山夏子が夫婦であることを考えると、乙山春夫がこの程度の文書しか筆跡の対照文書として提示しないのは不自然である。

もつとも、乙山春夫は、当裁判所における証人尋問(第一回)において、乙第一号証の対照文書以外の文書も持参している旨述べたので、同証人の了解を得て書記官がそのコピーを取り、これを乙山春夫の証人調書に添付して保存することとしたが、その中にも数字及び「大」以外には、本件契約書の連帯保証人欄に記載された文字と同一の文字はない。ただし、その一枚目の「認」「心」の文字、二枚目の「心」の文字、五枚目の「意」の文字のそれぞれの「心」の部分の筆跡は、前記二の5の(六)記載のとおり、本件契約書の連帯保証人欄の被告の署名中の「忠」の「心」の部分とは全く異なつている。また、右文書の一枚目の「5」の文字は、通常の運筆(走り書きでない場合の運筆)における角張つた乙山夏子の筆跡を表している。この文字の特徴は、乙山夏子の証人尋問調書末尾に添付した同人の筆跡中の「号」の下部の特徴と一致するものであり、これは本件契約書の連帯保証人欄の「号」の文字の筆跡とは異なつている。

2  本件契約書の連帯保証人欄に記載された筆跡に関する前記認定事実に、右1認定の事実を合わせ考えると、乙山春夫の前記証言は、虚偽の内容であるといわざるをえない。乙山夏子が当裁判所に出頭した経過を考えると、乙山春夫は、乙山夏子が離婚訴訟の相手方である乙山春夫に住所を秘匿していることを利用して、本件契約書の連帯保証人欄の被告名義の署名は乙山夏子が偽造したものであることにして、被告の原告に対する債務の支払を免れさせようとしたものと認めざるをえない。そうだとすれば、乙山春夫は、妻を文書偽造者に仕立て上げ、被告の債務の支払を免れさせようとしたことになり、その行為は悪質というほかない。

また、乙山春夫は、欺罔行為により原告に対する債務の支払を免れようとした被告の詐欺未遂の犯罪に関する共犯者の立場にもあるものといわなければならない。

3  以上は、本件民事訴訟に表れた証拠に基づく認定であり、乙山春夫の刑事責任を問うとすれば、筆跡の鑑定(本件契約書の連帯保証人欄の筆跡、乙第四号証の連帯保証人欄の「戸田忠一」の署名の筆跡、本件記録に表れた被告及び乙山夏子の筆跡に関する鑑定)、乙第四号証の被告の署名の脇に押捺された指印が誰のものか等の証拠の吟味が必要であることはいうまでもない。ただ、本件は原告から被告に対する連帯保証契約の履行を求める民事訴訟であり、前記の証拠関係にある以上、原告に右の筆跡鑑定、指紋の鑑別等の経済的負担を負わせるのは相当でなく、むしろ右の点に関する立証は、必要に応じ、刑事司法の手に委ねるのが相当と考える。

四  被告の主張及び供述の再検討

1  被告は、本件訴訟の第一回口頭弁論期日において答弁書を陳述したが、これによれば、本件契約書の連帯保証人欄の被告名義の署名は乙山夏子の筆跡であり、被告は一切関知していないということであつた。そして、被告は、その本人尋問において、平成五年八月に乙山春夫に電話をして、同人から、右連帯保証人欄に乙山夏子が被告名義の署名をしたことを聞いたと述べている。

2  ところで、被告は、その前に東芝クレジット株式会社から訴訟を提起され、本件と類似のリース料についての連帯保証債務の履行を求められており、その訴訟の前提として東芝クレジット株式会社から請求を受けた際、乙山春夫と連絡を取り、その電話で、すぐに契約書の連帯保証人の署名が乙山夏子により偽造されたことが分かり、訴訟の開始前に乙第四号証の契約書を見せてもらつた旨供述している。しかし、被告は、東芝クレジット株式会社との訴訟における答弁書においては、右契約書の連帯保証人欄の被告名義の署名が偽造されたものである旨の主張はしていない。

この点について、被告は、その段階で争点になつていなかつたので、偽造の主張をしていない旨述べるが、被告は、右訴訟の口頭弁論期日において、右契約書が真正に成立したものであることをいつたん自白しているのであり、単に争点になつていなかつたから述べなかつたといえるような事実関係になかつたことは明白である。この自白についても、被告は、裁判長が「契約書の保証人に書かれているのはあなたですか」ときいたので、「記入された名前は私です」と答えた旨弁解する。しかし、仮に、乙山夏子が被告の署名を偽造し、被告がそれを訴訟提起時に知つていたのであれば、その旨を答弁書に記載せず、口頭弁論期日において述べることもしなかつた被告の訴訟態度は、およそ不可解というほかない。被告の右弁解は、いずれも信用できない。

3  被告が当裁判所に提出する書面の被告の文字、特に被告の署名は、活字のような不自然な字体であり、また、記載のたびに字体が大きく異なつており、被告の作為を感じざるをえず、このことも、本件契約書の被告名義の署名が被告自身によつてなされたのではないかという疑いを抱かせる要因となつている。

4  被告が本件訴訟記録に残した多くの筆跡を検討してみると、前記二の5に述べたとおり、作為の跡はあるものの、その文字の中に表れる被告の筆跡の特徴は、本件契約書の連帯保証人欄の被告名義の署名の特徴と一致する。

5  以上の事実からすると、被告は、本件契約書の連帯保証人欄に自ら署名していながら、原告からの連帯保証債務の履行請求を免れるため、乙山春夫と共謀して、その署名をしたのは乙山夏子である旨の虚偽の主張をし、乙山春夫の証人申請その他の証拠の申請をしたものであると認められ、そうだとすれば、被告の右行為は、詐欺未遂に該当する。

6  前記三の3に述べたのと同様に、以上は本件民事訴訟に表れた証拠に基づく認定であり、被告の刑事責任を問うとすれば、筆跡の鑑定、乙第四号証の被告の署名の脇に押捺された指印が誰のものか等の証拠の吟味が必要であり、右の点に関する立証は、必要に応じ、刑事司法の手に委ねるのが相当と考える。

五  以上のとおり、本件契約書の連帯保証人欄の被告名義の署名は被告自身によつてなされたものと認められるから、その署名押印は被告の意思に基づくものということができる。

よつて、原告の本訴請求は理由があるから認容することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 園尾隆司)

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